大判例

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別府簡易裁判所 事件番号不詳 判決

主文

被告人を罰金参千円に処する。

右罰金を完納することができないときは金参百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

公訴事実中

被告人は貸金業者でないのに昭和三三年四月ごろより昭和三五年六月一日ごろまでの間末尾第二貸付一覧表掲記のとおり肩書自宅において前後十六回に亘り別府市亀川上町十四組の一松本栄外三名に対し月三歩乃至四歩の利息で合計金四四万三千円也を貸付け以て貸金業を開始したにも拘らず右業の開始後遅怠なく大蔵大臣に対し所定の届出をしなかつたものであるとの点についていずれも被告人を免訴する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は

昭和三五年七月一六日ごろより別府市亀川町内竈二、三三九番地(八組)の自宅において貸金業を開始し爾来末尾第一貸付一覧表掲記のとおり昭和三六年四月二八日ごろまでの間前後六回に亘り右自宅において別府市亀川町国立別府病院内小野信一外一名に対し月三分乃至四歩の利息で合計金一七万五千円を貸付け以て貸金業を開始したにも拘わらず右開始後遅怠なく大蔵大臣に対し所定の届出をしなかつた

ものである。

(証拠標目) ≪省略≫

(法令の適用)

法律によると被告人の判示所為は出資の受入、預り金及び金利等の取締に関する法律第七条同第十二条第一号罰金等臨時措置法第二条第一項に該当するところ一個の営業犯として所定罰金額の範囲内で被告人を罰金参千円に処すべく、右罰金不完納の場合について刑法第十八条を適用し金参百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとする。

尚公訴事実中

被告人は

貸金業者でないのに昭和三三年四月ごろより昭和三五年六月一日ごろまでの間末尾第二貸付一覧表掲記のとおり肩書自宅において前後十六回に亘り別府市亀川上町十四組の一、松本栄外三名に対し月三歩乃至四歩の利息で合計金四四万三千円也を貸付け以て貸金業を開始したにも拘らず右業の開始後遅怠なく大蔵大臣に対し所定の届出をしなかつたものであるとの点について審究するに、

一、当公廷における被告人の供述

≪以下証拠省略≫を綜合すれば右公訴事実に対する犯罪の証明は十分であるから出資の受入、預り金及び金利等の取締に関する法律違反として同法第七条第一項同第十二条第一号罰金等臨時措置法第二条第一項により判示事実と共に一個の営業犯として処断すべきところ右各法律並びに刑事訴訟法第二百五十条第五号の各法条によれば右公訴の時効は参年であつて本件公訴が昭和三十八年六月二十六日提起せられたることは一件記録上明白である。

よつて昭和三三年四月ごろより昭和三五年六月一日ごろまでの間に前後十六回に亘り貸付けた右公訴事実については昭和三八年六月二日既に時効が完成したことが明瞭である。

そこで刑事訴訟第三百三十七条第四号に則り右各公訴事実について被告人に対し免訴の言渡をする。

○右営業犯である公訴事実の一部について免訴の言渡しをした理由は左記のとおりである。

一、営業犯と公訴の時効。

1、最髙裁判所第一小法廷は昭和三一年一〇月二五日(昭和三一年あ第八一三号事件)営業犯について左のとおり判示している

法定の貸金業者でない者が単一の意思をもつて反覆継続して行つた貸金業に対しては一個の営業犯を構成する、そして営業犯の公訴時効はいわゆる包括一罪の場合と同様に最終の犯罪行為が終つた時から進行するものであると

ところで髙田義文調査官の最髙裁判所判例解説刑事篇昭和三一年度(三四三頁以下)によれば即ち貸金業の届出をしない者が貸金業を行うということそのものが数個の貸金行為、利息取立行為、貸金受領行為を予想していることではあるが業としてこれを為す意図をもつて一回これを行つた場合においても右構成要件を充足することは争いのないところである、そして引続き貸金行為を反覆累行した場合、罪数上はどうなるのかすくなくとも時効関係においては各別に考察すべきだと思考する。

2、しかるに我国の学説判例はこれを包括して全体として一回だけその構成要件を充足するものと解しているのである、尤も営業犯という概念は純理論上の概念であつて、しかもその概念内容は余り明確でない、学者はしばしば無免許医業(旧医師法第一一条)医者でないものの医業(新医師法第一七条第三一条)を以つて営業犯の例に挙げているその構成要件は貸金業でない者の貸金業と同一の類型に属する、いずれも一般にいわゆる集合犯の概念の中に包摂して論ずるのを常としているのである、この種の概念は、もともとドイツ法学に学んだものである、ドイツにおいてはかつては継続犯と称せられた犯罪については反覆してなされた個々の行為が独立的な意義を持たず全体が不可分的一体を形成するものとして把握されたのであつたが、この思想がいわゆる集合犯として現在わが刑法の罪数論に継承されているのである。

ところがライヒ裁判所大刑事部は一九三八年四月二一日の決定によつて従来の右判例を変更し個々の行為の罪数上の独立性を承認するに至つたのである、この判例以来いわゆる営業犯たると職業犯たると、はたまた慣習犯たるとを問わず、犯罪の単複の関係においてはそれを組成する個々の行為が罪数上独立の意義を取得するに至つた営業犯、職業犯、慣習犯等の諸概念が有していた罪数論上の特別の意義はここに消滅するに至つた、従つて現在では本決定にいう営業犯の概念とは全く異つたものとなつてきたことを留意しなければならないのである、そしてわが国におけるこの点に関する学説判例はドイツにおけるが如き大転換を経験することなく、ドイツにおける右の如き大転換以前の判例とその軌を一にするものというべく即ち本件のように集合犯たる性質を有する犯罪とか、包括一罪についてはその公訴時効は最終行為が終つた時から進行するというのであつて、包括一罪の公訴時効について同趣旨の判例が昭和三一年八月三〇日最髙裁第二小法廷においてなされたのである。

3、最髙判大法廷は昭和二八年六月二四日(昭和二六年れ第二一二三号事件破棄自判)大赦令により赦免される罪が改正前の刑法第五五条により一個の連続犯をなす場合にその一部の行為が同時に赦免されない他の罪名に触れるため赦免されなくてもその余の行為は赦免される、控訴判決後に連続犯の一部が大赦令により赦免されたため、原判決の刑の量定が甚しく不当となり、これを破棄しなければ著しく正義に反する場合には原判決を破棄すべきであると判示し、いわゆる連続犯にあたる一連の所為中の一部分が大赦令の適用上大赦にかからないものがあつてもそのために連続一罪の全部が大赦を受けないこととなるのではなく大赦令の適用が除外された部分は勿論大赦されないけれども連続一罪のその余の部分は大赦を受けるものであつて処断上一罪だからといつて、必ずしも不可分のものではないとして連続一罪の一部分につき大赦があつたとして免訴の裁判をなしその余の部分につきあらためて有罪の裁判をしたのである。

4、この判決においては連続犯が本来の一罪ではなく処断上の一罪であることが右の如き分割的措置を可能ならしめる理由の一つに掲げている連続犯が本来の一罪か処断上の一罪かの問題は理論上争のあつたところであるが、それはともかくとして通常処断上の一罪が本来の一罪よりも自然的にはより可分的であるということがいえるとはいえ、本来の一罪でも例えば盗品の中に親族相盗にかかるものがある場合には法律的にも可分的取扱いを受けるのであつて処断上の一罪だという根拠は必ずしも決定的ではない、他の理由としては大赦令の趣旨が強調されている、それは恐らくは、かく強調することによつて罪数論ないし既判力、公訴の効力等に及ぼす紛糺と混乱を可及的に避けようとしたのであろうが、それにしてもその理由づけは成功しているとはいえない、というのは大赦令の趣旨を強調するかわりに時効制度の精神を強調すれば連続一罪の一部分についても時効による免訴裁判を可能ならしめるからである、ともあれ右大法廷判決に内在する思想と営業犯の個々の行為の罪数上の独立性を承認して個々につき公訴時効を認めるとの思想とは、相通ずるものであることは否定できないのである。

二、公訴時効の本質

1、公訴時効の本質については論議の余地が残されている、かつては公訴時効は訴訟法上の制度であつて公訴権消滅事由と解する説が有力であつた、しかし現在の通説は公訴時効は単なる訴訟法的なもの又は単なる公訴権消滅事由ではなくその根本において刑の時効と同様に実体法的な刑罰権を消滅させるものと解している、ただ刑の時効が確定した刑罰権を消滅させる作用をもつているのに対し公訴の時効は未確定の刑罰権を消滅させる作用をもつ点に差異があるのである。

すなわち公訴の時効は基本的には実体法的な性質をもちつつ同時に訴訟法的な効果を発揮するという二重的性格を与えられているということができる。

2、時効制度を設けた理由も右と関連して考えなければならない、この点について従来種々の見解があつた(社会の怠慢、証拠の散逸)がそれは時効制度一般の存在理由と同様に一定期間継続した事実状態の尊重ということにその根拠を求めるのが正しいと解する、換言すれば犯罪のもつ社会攪乱の影響が時日の経過と共に弱くなり、これを事あたらしくあばき出すことが却つて社会の利益に反するという考慮に基いている。

それは根本的に実体法的な意味をもつものであつて公訴時効の本質を実体法的な刑罰権の消滅に求める見解と合致するものであるし又公訴時効の期間が犯罪の軽重によつて異ることも当然である。

三、継続犯の所為の中間に他の罪について確定判決があつた場合遮断されるか否かについて、

いわゆる継続犯として一罪を構成する所為の中間において他の罪につき確定裁判があつた場合右確定判決の時を境としてその罪と確定判決を経た罪とは刑法第四十五条後段の併合罪の関係にあるかどうかの問題について純然たる継続犯即ち銃砲刀剣類等の不法所持犯は所持したときその構成要件が完備しその後は違法状態が継続しているに過ぎないから遮断されないが同条後段の併合罪の適用がないが営業犯の如く個々の行為が業としてなされた包括一罪の場合は遮断されてその前後に分断され前者の罪と右中間の判決とは同条後段の関係にあることは一般学説、判例(最髙裁大法廷昭和二四年五月一八日刑集三巻六号七九六頁東京高裁昭和二九年九月二八日刑集七巻一〇号一五三〇頁)の一致するところである。

してみると営業犯が数個の犯行であるのに被告人の意思を尊重して包括一罪として処断するに過ぎないものであり、本来は数個の犯罪であると認識しているからして前記の如く所持犯と異り遮断説が生ずるゆえんである、そこで公訴時効による営業犯の遮断説が生ずるのも亦いわれなしとしないのである。

四、本件公訴につき公訴の時効を認めた場合と認めなかつた場合の刑の量定について、

最髙裁第一小法廷の昭和三一年一〇月二五日決定の場合は高木芳子外二十二名に対する貸付行為中高木芳子に対する二回の貸付行為が時効にかかつている場合でありこの部分の時効を認めたとしても刑の量定上殆んど差異ありとは認め難いのであるが本件公訴事実は前後二十二回(松本栄に対し十回、小野信一に対し七回、仲島速男に対し三回、弥田人実に対し二回)に亘る営業犯としての貸付行為であるがその三分の二以上に相当する十六回の貸付行為が参年の時効が完成していて一個の営業犯として処断されるとしても二十二回の貸付行為の全部を一罪とする場合と、公訴時効にかかつた十六回の貸付行為を除き残りの六回を一罪とする場合とでは罪体の点においてもその内容を異にし又情状その他の点についても刑の量定上、時効を認める場合には意外な不利益を被告人に与える結果を招来するものといわなければならない。

五、法の下に平等でない結果を生ずる、

憲法第十四条はすべての国民は法の下に平等であつて人種信条、性別、社会的身分又は門地により政治的、経済的又は社会的において差別されないと規定しているこれは法平等の大原則として国民にかいしやくされている条文である本件被告人の公訴事実が一個の営業犯として処断されるとして公訴の時効の利益を享受できないとすれば前記の如く科刑上不利益を生ずることとなり法の下に平等であるとの大原則はここに崩潰することとなる、

論者はいわん営業犯は包括一罪として処断されるのであるから不利益な結果をもたらすこととはならないと

しかれども前記のとおり公訴の時効を認めた場合と認めない場合とでは二十二回の営業犯と六回の営業犯ということになり処罰の対象を異にし科刑上差異の生ずることは必然であるといわなければならないから当然の結果として不利益を受けることとなり平等の原則にもとるものと思料する。

六、結論

以上を結論すれば結局公訴の時効完成により継続犯である営業犯は遮断されその以後の貸付行為のみが処罰の対象となるものと認めるを尤も妥当であるといわなければならないよつて公訴の時効の完成した末尾第二貸付一覧表掲記の公訴事実について免訴の言渡しをした次第である。

よつて主文のとおり判決する

(裁判官 中島巌)

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